58 大人の可能性
ピアノのレッスンを重ねていると、小さな奇跡に出会うことがしばしばあります。大袈裟ではなく、これはやはりちょっとした奇跡かもしれないと、ふと感じることがあるのです。
私のレッスンはごくまっとうなクラシックのピアノへのアプローチで、基礎練習を積み重ねながら演奏の内容を充実させることを大切にしていくものです。言葉にして説明すると意に反してなんだか抹香くさいとも映りかねないですが、そういった日々のレッスンの中、こんなに弾けるようになるものだと、ハタと気がつけばこちらが驚かされることがしばしばあるものです。確かに指導する側としては心密かにおまじないを唱え、あるか無しかの魔法の力でももののはずみにかかってくれればとも願うものですが・・。
この歳になってからでもまだ上達するのでしょうか?30歳過ぎて初めて習うのですが今からでも弾けるようになるのでしょうか?という質問をしばしば受けます。答えはいたってシンプル、「大丈夫、上達します、弾けるようになります」と即答します。勿論「あなたが弾きたいと思うのであれば」という条件のもとですが。
子供の場合は好きという気持ちが本人にあっても、演奏の力を引き出し、弾きたい気にさせるのはかなりの割合で受けとめる大人達の姿勢にかかってきます。
大人の場合は、本人の弾きたい気持ちに比例して生活の中でのピアノに対する優先順位がその人自身の手で決められ、ピアノにかける時間の配分、先生を選ぶ基準、楽器の選択、経済的な負担など、家族の理解を得ること(或いは理解を得ないままでも突っ走ること!)も含め、自分の選択次第です。
そういった選択をしながらピアノの演奏環境を作り弾き続けていくうちに、人や楽器、演奏の場など色々な出会いを得、いつのまにか、まさか人前でこんなにピアノを弾くことになるなんて・・・という経験に至ることもあるでしょう。
この「まさか自分が人前でピアノを・・」というのは意外にも仕事として音楽に携わってる人の間で少なからず聞くセリフです。私自身がまずその当の本人なのですが、特に男性で作曲などを専門にされている方など、小さい頃からピアノをしっかり勉強するといったまっとうな道筋をたどることが無くともそれなりに職業として演奏に携わってる場合が少なからずあるようです。
さて、「年齢の壁」についてですが、私自身が常に心に命じているのが「60歳までテクニックは伸びる」という師匠からいただいた言葉です。この言葉は師匠のそのまた師匠でウィーンの・・・という話になるのですが、本格的にピアノを勉強してる人はもとより、さてこれからという方にも十分大きな励みになる指針となる言葉ではないでしょうか。
ピアノを始めるのが遅かったから・・と出来ない理由を掲げてウジウジしたくなる
私が「いい加減にそんな気持ちは捨てなさい」と一喝され、そんなことにしがみついてるよりも60まで、或いはさらに伸びると信じて練習を工夫し積み重ねるべしと、その気にさせてくれた言葉です。
実際、自分自身はもとより、指導にあたっている大人の方を見ていてもご本人の努力の積み重ねがふと芽を出す時というものが本当に有り、1年かかるかなとこちらが思っていた段階に1ヶ月もしないうちに行けたり、あるいは逆にこちらはもっと弾ける人なのにと思ってもどかしく思っていたのが1年経ち、2年経ち・・と、そんな気持ちをすっかり忘れさせるようにある時からぐっと伸びやかに弾けるようになる、動かないと思っていた指が動き、弾けないと思っていたいたパッセージが軽やかに弾けるようになり・・そんな冒頭に掲げたような小さな奇跡とも言えるような場に立ち会うものです。
確かに社会人の方で上達される方は時間の使い方が上手かったり、与えられた情報の整理や収集がうまかったりという力は感じさせられますが、どこか不器用かなという方ならではの時間をかけて身に付けたものの重みも、又そういった方が堅実に見せてくださる確かな力の大きさもありますし、伸びていくための素養は本当に人それぞれに見出せます。
これからでもまだ伸びるものですか?何か秘訣はありますか?という問いにはやはり何よりもピアノが好き、弾きたいという気持ちに素直に従うことがいくらでもその人の可能性を引き出すなによりのおまじないになるものですよとお答えします。
2004年 3月29日
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