56 ほめる
このところ幼児のレッスンをする機会が増えてきました。特に3歳になる少し前から4歳、5歳くらいまでの導入期のレッスンはピアノ演奏のために必要な技術指導をする以上に、さまざまな配慮が必要です。なによりも子供にピアノへの興味を持たせ、レッスンを受けること、ピアノを弾くことが楽しいと感じさせるのが上達のカギになりますから。特に心理面での配慮は大事なものですが、中でもピアノの先生にとって具体的に実行しやすく、良い効果が目に見えて出やすいのが「ほめる」ということです。
ほめることの効用というのは何でしょう?科学的な細かい分析はさて置き、ほめられたとき、さてどんな気持ちになるでしょうか。ほめられると嬉しい、気分が良い、なんとなくくすぐったい感じだけど悪い気はしない、緊張がほぐれてほっとする、認められた感じ、ほめてくれた相手との距離が近くなる感じ・・・。大人の感覚で自分がほめられた場面を想像してみても心地良いプラスの感情がいくらでも思い浮かびます。子供にとってもそれは同じような感覚を呼び起こすのだということは経験的に目にするところです。
特に習い始めの幼児に対してほめる時にはできるだけ大袈裟に、オーバーにほめたいものです。ちょっとしたことでもできるだけ本気でしっかりほめてあげます。たくさん練習してきたのね、よく頑張ったね!すごいね、まるを書くのがじょうずね!さすが、ちゃんとお話きける子なのね!すごく綺麗にうたえるのね!・・などなど、ほんのささいに見えることでもしっかりほめるようにします。こちらにとってはなかなかエネルギーのいることでもありますが、ほめられて表情がゆるんだ子供の顔を見ると気持ち良く、またまた指導する側のやる気も起きてくるというものです。
ピアノの個人レッスンと言うのはおそらく幼児にとってはかなり特異な状況のはずです。同年代のお友達といっしょでもなく、おおかたの子供は見たこともない大きなグランドピアノを前に1対1で大人と接することという設定に置かれます。それだけでも慣れるまでには十分緊張を強いられるものでしょう。
その緊張をほぐしながら先生との距離感を縮め、リラックスして良い集中を引き出す状態を作るのに「先生はあなたのことを認めてますよ、ちゃんと受け入れてますよ」というサインをしっかり出して、子供を安心させてあげることが必要です。その時にしっかり言葉に出して「ほめる」というのはとても効果があるようです。
ほめられると、それまで警戒したりかたくなになっていた子供の表情は目の前で本当に劇的に変わることもあり、先生との距離はぐっと縮まります。「ん?・・このオトナとだったら遊んであげてもいいかな〜」「なんとなく楽しそう」「この人の話を聞いてるとなんかいいことあるみたい」という子供からの信頼を得られることでレッスンは成り立っていきます。ほめられると意識の上でも又無意識にでも何かしら心地良い感覚を得られ、先生との信頼関係が出来、次第に子供に自信がついてきます。
じゃあ、やたらとほめるだけの優しい先生でいいのかというと、勿論そういうことではないです。ほめるということは言い換えれば相手を認めるということです。私が以前からピアノのレッスンでいつも心がけてるのはほめる時には基本的に「人」をほめ、注意する時というのは音楽の面についてで、ピアノを弾く技術的なことや、行いに対して言うようにするということです。認められて自信のついた状態になっている時には相当厳しいことを言ってもむしろそのことを前向きにとらえて、プライドをくすぐられ、もっと私はできるんだ!と感じることも可能な状態です。
大人のレッスンでも、吸収力があり伸びていく時はその人が「ほめられ上手」な状態である場合が多いように感じています。指導する側にもほめ上手であることや、気持ちの余裕、落ち着き、情熱、人を受け止める度量があることが求められるのは痛感するところです。レッスン後、なんとなく気分が冴えないでいるこちらの精神状態を映し出すようだったかなと言う時もあり、反省させられます。生徒は自分の鏡だと・・・。
2004年 3月8日
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