42 止まった鼻水
緊張すると鼻水が出る。第40回のエッセイで書きましたように、演奏会時には漏れなくついてくるこの症状。もはや数年来おつきあいしてきたわけで、すっかりその気で受け入れてしまっていた今日この頃。が、しかしです。こんなものさと諦めるのは、まだ早い・・否、諦めるその潔さこそ好転への近道? 加齢と共に変化するのは体型ばかりではなかったか?
そうなのです。いつも少なからずぐしゅっと感じる鼻水なのですが、なんと、先日弾かせていただいた演奏会では実は全く気にもとめずに過ぎてしまったのです。
終わって数日後、鼻水はいかがでした?とメールをいただき、あら?とその時初めて気が付いたのです。そういえば・・鼻水、感じなかったわ・・と。きっと、そう言われなければ思い出すこともなかったでしょう。ぐしゅ、ともくしゅくしゅ、とも感じることなく、演奏時間正味1時間以上のコンサートで弾き通していたのでした。
そもそも、この鼻水(なんとも他に言いようがないのですが、嗚呼、決して美しいイメージを呼び覚ますとは言えないこの語感!)ソロでピアノを弾くそのいざ本番と言う最中にもつつつ・・というやっかいなシロモノなのですが、そういえば、長時間の緊張にさらされるバレエの試験のための演奏時には何故かつつつ・・・は経験した記憶がありません。
ひとさまの試験のために演奏するなどという責任重大な演奏、外国からいらした試験官と密室で数時間を過ごしながら弾き、終わるとソロの演奏時と同じように、妙なハイテンションかつ、しばしもぬけの殻と化すのですが。そういう十分シビアな状況下でも考えてみれば鼻水で困ったことはありません。
ならばです。このにっくき鼻水(あまり、何度も書きたい言葉じゃありませんが・・鼻水、鼻水って)、流れ出るにはひとえに緊張といっても、それなりの条件をクリアして時と場合を選択しつつ、この身を苦しめてる・・はず。鼻水出る時、出ない時・・・。
では、鼻水の出ない場合の、その条件とはなんなのでしょう?
その1・・。日常からの分離。
今回の演奏会の会場は自宅から電車や新幹線を乗り継いで5時間。こういった住んでる場からそれなり離れた会場での演奏は今回が初めてでした。
秋の連休初日でごった返す駅や、何とか取れた指定席で団体客の紫煙と喧騒にめげそうになりながらも、重い荷物(楽譜数冊に靴にドレスにお泊り用のあれやこれや・・・海外旅行?という荷物になります)をひっぱって移動しました。
それだけでも結構な重労働。世界中飛び回るプロ中のプロの演奏家は本当に凄いもんだ・・いやいや、そんな感心などしてる場合じゃないわ・・と。
でもそんな移動も、やれたまった新聞がとか、冷蔵庫の隅の漬かりきったラッキョウがとか、夏物のクリーニングの出し忘れが・・とかとか、日々の生活をしゃっきりすっきり忘れるにはむしろ好適。それなりの遠距離も心のどこかで開放感を感じつつ、移動します。
そして、初めての土地、初めてのホール・・・と、もはや日常の雑念とは時間、空間によって、有り難くも、すっきり切り離されます。
つまり、よけいな雑念の入り込む余地なし、というところに自分を置くことになります。
これが特に雑念に追われがちな女性にはかえって演奏に集中するのに好条件になることも。
条件その2。姫は快適ピアニスト状態、であること。
ちょいとアナタ何いい気なこと言ってんの、とお叱りを受けそう?
個人やグループで主催するコンサートの時は、演奏会前のチラシやチケットの手配、宣伝などは勿論、当日も会場の設営やら受付やら会計やらなにやら、演奏以外に自己責任で、気を配らなければならないことがわんさかあります。
実はこういった雑事にまで気を配りながら集中度の高い演奏をするというのは、雑事の処理にも演奏にも慣れていたとしても、かなり大変なことです。
そんな甘いことをいいなさんな、と思われるかもしれませんし、実際、そういった事を避けては何も出来ないのが現実です。
が、創作や演奏といったものへの高い集中は本来そういった現実的な雑事とはまったく次元の異なる精神レベルから生まれるものです。芸術家として高い評価を得られる人達の「変人度」を思い浮かべていただけると、とりあえず、そういった精神活動を極めることがが、いかに俗世とは相容れないものか、想像していただけるのではないでしょうか。
前日から宿泊し、食事の心配をする必要もなく、ピアノ以外のことを考えなくともよい環境に自分を置けたという、この上なく幸せな状態が今回の本番でした。
バレエのRADでの試験の本番もピアニストさんは試験の合否に関わる大事な存在です。周囲の方達から、先生兎に角よろしくお願いしますと、切なる願いを込められ、よしと覚悟を決め試験場に入るのみ。入ったら日本語は通じない場。目の前の受験生のために一心に弾きつづけるのみ。これまた雑念の入る余地無し。
条件その3。これも大きい、応援のお声。
ネット上でこんな風に実名でちょこちょこと物を書き、ピアノを弾きますよとアナウンスし、不特定多数の方にいわば我が身をさらすというのはそれなりに精神的なリスクを追うこともあります。
けれど、それ以上に、そして想像以上に励ましの声もいただくものです。それは一人でなにもかも背負い込んでピアノに向かっているような思い上がりや錯覚から解放してくれるものでありますし、人を動かす力になり、自信を与えてくれるものです。頑張ってね、のひとことも、メッセージの込められた「魔法のハンカチ」も。演奏会場でいただく拍手も、勿論。
さて・・。と、あれこれ鼻水クリアの条件を書いてはみたけれど、結局何が一番鼻水防止に効くかというと、応援してくださる方々のお声をちゃんと受け止め、日常の練習の段階からリラックスすること。そして本当にきっちりと自身の演奏に向かい合う覚悟を決めること。
そういう姿勢が音楽そのものへの集中を高め、鼻水の流れる隙間など与えない集中につながるものなのですね。実感。
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