30 本番前の御馳走
この駄文エッセイをお読みくださる皆さんの中にもバレエのステージ、ピアノのステージ、コンサート、発表会とさまざまな舞台を経験なさってる方も多いことでしょう。緊張に包まれる本番前、空腹を覚える余裕すらない場合もあるでしょう。さて皆さんそんな時はどんな風に食事をとってらっしゃるのでしょうか。
もうかれこれ7年ほど数人の同じメンバー、同じホールで続けている小さなピアノコンサートがあります。日曜午後2時からの本番に備え午前中10時頃からリハーサルのために会場に入るのですが、リハーサルから本番までの数時間、緊張のうちに過ごす演奏者達の昼食事情はさていかなるものでしょう? いつもの演奏者達の様子をここでこっそり書いたのが耳に入ったら金輪際もう2度と弾かせてもらえなくなるでしょうか・・。
「Aさんに花束持ったお客さんです〜。あら? 彼女どこ行ったのかしら。」
「お昼食べに行ったみたい。さっき下のラーメン屋さんでみかけたわよ。」
「ラーメン?!」
楽屋できかれるこんな声、ショパンやブラームスの大曲を弾く本番前にラーメンがお腹に入るのは少なくとも私よりは結構頑丈な胃と神経の持ち主です。
仮に午後3時頃弾くとなると、私の場合は朝ご飯を普通に済ませ世間のお昼時、1時頃に食べ終えられるとよしよし、体調の調整はうまくいきそうです。
では何を食べるか?・・これはもう決まってます。サンドイッチと紅茶。迷わずほぼ決まってこのパターンなのです。お昼に限らず、演奏会で弾く前は本番が夜でもこのパターンです。
何を食べるかという言い方よりも何がお腹にすんなり受け入れられるか、若しくはいい調子で弾くには何を食べるべきか?という視点での選択になる・・・と言った方が良いかもしれません。残念ながら本番直前、豪快にステーキもりもり、ラーメンつるつると言うほどは頑強に出来ていないので、少しばかり食べるものにも気を使います。
本番前は一見普通に見えても体はとても緊張しているものです。胃のあたりはきゅっと固まったような感覚で、人によっては生あくびが立て続けに出始め、人によっては普段以上にひとりで喋りまくり、そしてまた人によっては幾度となく鼻をかみ始め・・。私の場合は何故かぐしゅぐしゅと鼻水が。鼻水?・・そうなのです、緊張すると鼻水が出るのです。実は弾きながら大変だったりもします。おっと、脱線・・。
さて、いくら緊張していても何もお腹に入らないような過度の緊張状態では話になりませんが、食欲旺盛、ステーキでも天丼でもカツカレーでもなんでもガンガン食べられるという体調でないことは確かです。仮に食欲があってもリラックスして食べ過ぎ、お昼寝気分でウトウト・・というのもこれまた困りものです。もちろん、何も食べないでなんとなくふらふら・・これでは人前でのピアノ演奏という重労働はこなせません。
そこで私にとってちょうどいい具合に条件を満たしてくれるのが、サンドイッチと紅茶を買い、楽屋に持ち込んで自分のペースで食べることなのです。何故サンドイッチと紅茶かというと何より自分の好物だからというのが大きな理由です。しかも肉類も野菜も食べられ、胃に負担を感じず気分も体も落ち着きます。
比較的食欲がある時はカツサンドを一切れに野菜サンド。血となり肉となりエネルギーとなるたんぱく質はとりあえずとらねばという意識です。もう少し軽めのものが良さそうな時は卵サンドと野菜サンド。ハム、チーズの入ったものが加わる時もあります。それにレモンティ。
軽い酸味の利いたレモンティなら食欲のない体にも程良く刺激になり、気分も少しは爽やかに。
自分で作って用意できれば一番いいのですが、さすがに朝はあたふたと電車に乗り込むのが精一杯ですから、その余裕を生み出すのはちょっと難しいものです。そこでお店で買ってこの午餐をなんとか美味しく済ませるわけです。もっとも、「あー、終わったぁ〜」と弾き終えてステージ袖に入ったとたんに本当に魔法がとけたように緊張は消え、どっと空腹感が押し寄せてきますから、やはり本番後にいただく食事こそはそれこそどんなものでもまさに御馳走。
ところで、日常的に弾いてるバレエの稽古場に入る前はどんなものを食べてるのでしょう? 稽古場に入って4時間と少し、場合によっては弾きどおしのこともあります。夕食は夜10時過ぎの帰宅後です。よって、この場合は体力勝負が前提の食事です。サンドイッチなどとか細いことは言ってられませんし、生徒のレッスンを控えて家で過ごす時のそうめんやらトーストやらのメニューでは体が持ちません。では、定番メニューは何?答えはカツ丼。稽古場ピアニストはスーパーで買ってきたカツ丼をしっかと食べて気合を入れ、いざ稽古場へと向かうのでありました。
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