26 初めてのピアニスト
6月末、レギュラーで弾かせていただいてるバレエのスタジオでで新しいクラスがスタートしました。いわば新学期の始まりです。毎年5月か6月にこれまで1年間通して弾いたクラスが一区切りし、新たにクラスが始まるというサイクルをもう何年も繰り返しています。
今年もまた心機一転、初めての子供たちとのご対面です。
これまでピアニスト付きでお稽古した経験のない6歳、7歳という小さな子供達。新しいクラスの始まりということだけでもちょっと緊張気味なのに、いつもは黒くて重そうなカバーがかかっているてるグランドピアノの蓋が開いて、椅子には見知らぬ人が座ってる!ナンダアレハ、ナニスルノ、アレダアレ、サワッテモイイ? お行儀良さそうにお稽古場のセンターでクラスが始まる準備をしている子供もどこかそわそわワクワクのハイテンション。そういえばさっき、見慣れたレオタード姿の先生ともう一人、なにやら何冊も「本」を抱えた普通の洋服姿の誰か知らない人が廊下を歩いて稽古場に入っていくのを発見したっけ!なんか怪しかった!
だいたいお稽古場の中にいる先生、生徒、ピアニスト、この三者の中で普通の格好をしているのはピアニストだけです。物騒な話ですが、地震だ,火事だでそれっと外に飛び出してそのまま周囲と違和感なく非難体制に突入できるスタイルでいるのはこの三者のうち断じてピアニストだけです。
皆、真冬だろうが真夏だろうがタイツにレオタードという実に非日常的な格好をされてるわけです。例えば、電気屋さん、看護婦さん、家庭の主婦、デスクワークの会社員、学校の先生、魚屋さん、バレエダンサー・・それぞれの「仕事着」のうち日常的な暮らしの範疇から飛び出しちゃうスタイルの筆頭は・・・。そうです、ダントツ、バレエダンサーです。まあ、お相撲さん、遊泳中の宇宙飛行士、演奏中の女性ステージピアニスト、というのも相当突飛なスタイルかもしれませんが・・。
と、かなり話が脱線しそうですが、そういうわけで逆から見れば、既にバレエのスタイルには慣れきってる子供にとっても初めて目にする、「稽古場に楽譜を抱えて入る普通の格好のピアニスト」の存在はちょっとした違和感と期待感を覚えるものかもしれません。
いつもはバレエの先生一人に向かってする「よろしくお願いします」のご挨拶も今日はバレエの先生とピアノの先生、二人それぞれにお辞儀です。
お稽古が始まってからもバレエの先生がいつも自分たちを見てるのは当たり前・・・だけど、ややっ、ピアノの先生もこっちを見てる!と、最初のうちは特にバレエの先生を挟んであっちとこっち、目と目がぱっちり合ってにっこり(してる場合じゃないのですが!)だったり。
ぱちりと開いた大きな瞳でこっそり覗き見するように視線をちらちらピアノの方へ走らせたりする子と目が合うと思わずこちらも弱いところをくすぐられるような気分でにっこりしてしまいます。
ただし、既にピアニストに慣れてる大きい子でも、ク・ドゥ・ピエのポジションはここにこうして・・と言う具合に細かい注意をされてる最中、ちょっとつまんないなあ〜とにかく早く踊りたいなあ〜というお顔でこっそりこちらに視線を送ってる子と目が合い、お互いちょっと肩をすくめてという場合も・・。
それにしても最近は初めてピアノでレッスンを受ける子供達も音の使い方、音楽の聴き方が上手になったと思わずにいられません。プリペア!の合図で広い稽古場いっぱいに響く初めて耳にするグランドピアノの音はひょっとするともしかして子供によっては、あの運動会の100メートル徒競走での「用意!・・バンッ!」のピストルの音にも匹敵するくらい、一瞬どっきりと引いてしまうものかも?いえ、そんなことはないでしょうけれど・・。
でもそんなほんの一瞬のちょっとしたびっくりにもめげず、上手に音を聴いて使えるのには、例えばバレエの情報が数年前に比べ格段に増え、舞台の公演に接したりビデオを見たり、熱心な親御さんの家庭ではレッスンピアノのCDなども聴いたりという刺激の多さが背景にあるのかもしれません。
少し昔ならピアノの音楽に慣れないうちは、動きの順番を覚え、音楽にあわせることはたとえスキップのリズムに乗ることさえも10人いればそれぞればらんばらんに動いてるのがこちらにも簡単にわかるようでした。ましてつま先をどうする、お腹をどうするといった注意を気にしつつ音楽をよく聴いてというのは案外大変なことなのでしょう。
そんな複雑なことも最近は初回のレッスンから初めて耳にする曲も拍子感をすぐにつかまえ、カウントをとって条件反射的に自然に体を動かし合わせていける子が増えてきたようです。
よく聴きながら動いてるかどうかは弾きながら感じるとれるものですから、即座に音楽を吸収し耳でよく聴きながら踊っている子の動きはそれなり伝わってきます。のんびり構えていると、上手な子供にこちらが躍らされて弾くのもあっという間です。
ともあれ、ピアニストの存在に戸惑い気味で始めた子供たちも生のピアノの音や呼吸の感じられる音楽がお稽古の一部として当たり前の存在になる日はお稽古初日からそう遠くのことではないものです。音楽性豊かと言われるバレリーナが育っていくのを楽しみにこちらも負けずに練習、ピアノに向かうことにいたしましょう。
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