25 たくましき腕
それにしても梅雨明け前、7月初頭からこう暑くてはこの先いよいよ夏本番という時が思いやられます。秋の気配が感じられるまでかれこれあと2ヶ月この猛暑が続くかと思うとぞっとして思わず背筋が寒くなってしまうというものです。
北国の生まれ育ちのせいもあってか、暑いのは苦手で出来れば避けて通りたいもの。
可能なことなら木立に囲まれ海を見渡せる避暑地の別荘なんぞで涼やかに爽やかに、あたかもやんごとなき人々のごとく・・・なんて寝言は言ってられないし冷房ガンガンというのも体調に良くないし、しからばここはひとつやはり健康な体は食生活からと、夏バテしないようにせっせと食べて自衛に打って出ます。
食いしん坊の私でもさすがに真夏は食欲が若干落ちるのですが、今からそんなことではこの長丁場の猛暑は乗り切れまいと3食きちんと胃袋におさめ、夜はうなぎの骨のから揚げなんぞを片手にビールもキュッと美味しくいただてしまうのです。が、転ばぬ先の杖の魔法がやや効き過ぎたのでしょうか、どうも食べたものがとてもとても効率良く体の血となり肉となり・・ちょっと体重は右肩上がり傾向の今日この頃。
久々に同い年の女友達と顔を合わせたりすると、
「わあ〜、変わらないわねぇ〜、相変わらずスマートで!」
「そんなことないのよぉ〜、体重は変わらないの、でもね・・」 と、ここで声をそろえて・・・
「体型が変わるの!」
と、互いのお世辞交じりの誉めあいっこもこの点は率直に同意するものです。
体重にさほどの変化はなくても体型が変化するお年頃というのがあるらしく、やはり重力と年齢には逆らえないのよねと、現実を直視し受け入れることはやぶさかではないものです。が、でも、やはり・・。
ほんの少し前には「まあ、そんな細い腕でよくピアノ弾いてらっしゃるわね。」など言われれば、そんなに細いわけでもないんだけど・・と思いつつかつ否定もせず、まあねぇ、くらいに済ましていました。内心ほほほとほくそえむ自分もちょっと意識しつつ。数年前には・・・。
その頃、テレビで放映されたとあるピアノコンクールの本選で若い女性ピアニストが堂々とラフマニノフの2番のコンチェルトを弾くのを見ては思ったものです。あんなに腕太くなんなきゃピアノって弾けないもの?上腕の筋トレは必修科目?・・と。
その時、テレビに映った見事なラフマニノフを弾く女性の様子は綺麗なドレスのふんわりちょうちん袖からたくましき二の腕がまさしく、にゅっ・・・。
かつてのフィギュアスケートの女王伊藤みどりさんの高く安定したジャンプを支えるDaikon legsの如く、オーケストラと互角に渡り合い、全ての音を安定して鳴らし、ばりばりとロシアンピアニズムを体現すべしと弾き込めば、可憐な日本人の女性の腕も桜島大根を振り上げるが如く・・いえいえちょっと大袈裟、失礼御免ですが。やはり太い腕はピアノを弾く上での勲章たるものでしょうか。筋骨隆々にならなければ全長275センチ、体重は480キロにも及ぶ楽器の女王たるコンサートグランドピアノを鳴らしきり、広いホールで何百人をも越える人々に幾重にも重なる音のひとつづつを伝えることは出来ないものなのかも・・。
バレリーナが相当激しい運動量をこなしつつあれだけすっきりと美しい体型を維持できるのは筋肉をどういうふうに使うかその鍛え方によるものでしょう。アラベスクのポーズを維持するのは一見簡単そうに見えてしまいますが腹筋をはじめ、全身の筋肉をくまなく意識してトレーニングしてこそ、しっかりポーズが決まるのでしょう。しかも使い方を間違うと、しなやかで縦にすっきり伸びて見える筋肉は横の方へと発達を遂げ、つまり太い足、太い首、ごつい白鳥に。
ピアノを弾くためには確かに指を一番よく使います。強弱の幅のある音を出すのはそれだけコントロールのきく鍛えられた指が必要です。指の強さをコントロールするのは手のひらなどの手の筋肉です。その手を支えるには手首を使います。手首を支えるのは・・・と考えると、指を動かすには指に直接関わる筋肉、そして肘から先、肘から上の腕全体の筋肉を使わなければ幅の広い音色を作り出せないのは経験的にわかってきます。
そうやってうなぎの骨などポリポリかじりつつ日々練習を続けていくと・・・・。
そうなのですね、やはり「桜島大根」はピアニストの勲章になりうるのかもしれません。
「腕太くって、もぉ・・・ねえ。」
「そんなことないですよ〜」
わざわざ言う方も言う方ですが、心密かに期待するそんな答えは露ぞ聞かれぬ今日この頃。バレエのエクササイズで鍛えられたようなすっきりとしたしなやかで強い腕はピアノを弾いてる限りは得られないものかしらん? 細くてしなやかで強くて敏捷で・・ピアニストの腕に天は二物を与えないものでしょうか。
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