17 基本のき (2)メロディ
新緑の美しい5月、この季節になるとなんとなく口ずさみたくなるのがシューマンの歌曲集「詩人の恋」の第1曲目「美しき5月に」、そしてビージーズの「若葉の頃」。前者はロマン派を代表する作曲家の一人、シューマンの有名な歌曲。柔らかな感触を覚える旋律とどこか不思議な浮遊感を持って問い掛けてくるピアノの伴奏が美しい曲です。中学か高校の音楽の教科書にも掲載されていました。
後者は70年代の映画「小さな恋のメロディ」でその主題歌「メロディ フェア」と共に歌われ、数年前にはTBS系のドラマでも使われていたので耳に覚えのある方も多いでしょう。
シューマンとビージーズという音楽的にはなんとも脈絡のなさそうなこの2曲。5月、新緑、若葉といったキーワードで一気に思い出し、街路樹の鮮やかな緑色に触れると自然に歌いたくなってしまいます。
音楽の話をしている時、「それってどんな曲?」と尋ねられ、言葉で説明するのはなかなか厄介で面倒なものです。「えーっと、だから・・なんというか、静かで、お経みたいで、綺麗な・・。」・・・・なあにそれ? そうするとたいがいの人は「ちょっと歌ってみてくれる?」となります。曲を歌う。たとえオーケストラの曲であっても大多数の人にとっては音楽を記憶したり理解する時、旋律を真っ先に捕らえようとすることは経験的に承知してることでしょう。
音楽といえば歌すなわち旋律と反射的に思い浮かべると言ってもいいかもしれません。
さて、バレエの稽古場では旋律はどのように使われてるのでしょうか?
【譜例1】 Music for the ballet class/cramer music より
上の譜例はドニゼッティ作曲のオペラ「愛の妙薬」の中で歌われる有名なアリア「人知れぬ涙」。テノールの甘い甘い歌声にくらくらするような思いをされたオペラファンも多いでしょう。アダージオ系のエクササイズに使える曲としてバレエのレッスン用の楽譜に掲載されてるものです。
左手は一定のアルペジオのパターンを繰り返す伴奏。原曲ではハープで奏でられます。安定感があり、動く人にとってはおそらく前奏として奏でられるこの音型のリズムのパターンを掴んでカウントをとり始めるでしょう。
そしてそれに乗せて右手で弾かれる旋律は、間延びすることなく又窮屈に詰め込まれるわけでもなく、適度な幅での抑揚の変化(音の上下)があります。この曲を知らない人にもすぐ耳に馴染みます。易しくシンプルでしかも印象に残りやすい旋律と言えるでしょう。短調の響きの中で奏でられるこの2小節から成る旋律は実に絶妙な書かれ方です。
美しい旋律を持っている音楽でも、やたらと長く伸ばされた音が多い曲の場合はピアノという音が減衰してしまう楽器で弾くにはあわないものですし、動く人にとっても拍子感などつかみにくいものでしょう。
この譜例1の場合はそういった点から見ても使いやすい曲といえるでしょう。
勿論、バレエの稽古場でこの曲が奏でられ「知ってる!」と嬉しくなる人にはそれだけですぐに曲の流れにのって動いてもらえるでしょう。
しかも、耳ですんなりつかまえ易いこのメロディは2小節単位、バレエのエクササイズにとって好都合の4カウントで綺麗にフレーズがまとまっています。
オペラのアリアですが、バレエのためにもこの旋律の美しさは踊り心を存分に引き出し練習効果を高めてくれるものでしょう。
さて「愛の妙薬」は旋律の美しさや覚えやすさがそのまま踊り心を刺激し、レッスンで生かされそうな曲ですが、もうひとつ、前回掲げたGrand Battementsの譜例を再び見てみます。
【譜例2】 RAD Grades Examinations Syllabus Grades4 より
前回は揺れるようなリズムに着目しましたが、今度はもう少し旋律のラインを丁寧に見てみます。
さて、鉛筆を持って右手の音符のソプラノ(一番高い音)の音符をつないでみましょう。高いラの音を出発点にして、ずうっと音符の「たま」を横にたどって線で結んでみます。すると/\/\/のような単純な波型が出来ます。この曲はGrand Battementのために書かれた曲ですが、旋律の上下がそのまま足の上下の動きにつながるだろうということが良くわかるでしょう。
稽古場でピアニストが「愛の妙薬」を弾く時は安定したテンポをキープしつつ、自身の歌心を存分に生かした丁寧な弾き方がされるべきでしょうし、譜例2のような場合は旋律のラインを生かし、単調にならないよう弾かれることが大切でしょう。
譜例1のようなクラシックの旋律の美しさや馴染みやすさが稽古場で生かされる例としてはショパンやフィールドのノクターン、同じくショパンの協奏曲1番の2楽章、グリーグの叙情小曲集「アリエッタ」、メンデルスゾーン「無言歌集」、歌曲からは「歌の翼に」「愛の喜び」などなど・・その他沢山あげられるでしょう。バレエの経験を長く積まれた方は稽古場で奏でられる美しい旋律を数多く、ともするとバレエピアニスト以上に知ってるのでしょう。
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