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11 熟成

ワインを美味しく味わうには、様々な行程を経て出来上がったものを、さらに適度な温度の部屋で寝かせる時間が必要といわれます。ものによっては10何年という時間、瓶の中で静かな時を過ごさせ、ようやくコルクが開けられます。ウイスキーも又樫の木の樽の中で寝かせられ、飲み頃になる時を待ちます。日本酒も十分な時間を経た時、若々しい絞りたてとはまた異なる格別の奥深い味わいが生まれるようです。

と、お酒の話ばかり並びましたが、さて、音楽の世界にもお酒同様「寝かせる」時間を持つことで演奏の味わいが異なってくるということはお耳にされたことがありますでしょうか。老大家と言われる演奏家の紡ぎだす音楽を思い浮かべるとその意味がお分かりいただけるでしょうか。おそらく他の様々な世界同様、バレエの世界も同じようなことが言えるのかもしれません。

とある大ベテランのバレエの先生が何気なく「踊り込む時間が必要なのよ」とおっしゃったそのひとこと。一見当たり前の何気ない言葉です。でも、どこかずしりと響く重みがありました。その言葉の向こうには、身についた振り付けをさらに何度も何度も練習を重ね、舞台に乗せ、又違う作品にも向かい合いながら稽古を積み、再び舞台に・・・といった積み重ねを繰り返し経ることでなお一層尽きることなく踊りに味わい深さが増すという事が示唆されているでしょう。

ピアノでいうなら弾き込んだ曲をさらに寝かせる・・・。さてどういうことでしょう?

曲が人前に披露されるまでピアノの演奏にはどういった過程が必要でしょう。
勉強中の学生さんにせよ、おそらくプロのコンサートピアニストの方にせよ、それぞれのレヴェル、個々人で異なるでしょうが、まだ弾いたことのない新しい曲を演奏会で人前に出すまでの時間はやはりそれなりの期間が必要です。

まず曲を選ぶところから始まります。と一口に言っても曲ひとつ、選曲が決定するまでの時間も時には相当かかるものです。あの曲を弾いてみたいと憧れ続け、いつか取り組んでみたいと演奏の解釈まで思い描き、その時期が訪れるまで心の中で暖め続けるときもあるものです。この構想を暖める段階はもう既に第一熟成期とも言えるかもしれません。どうやって弾こうかと考えを巡らしながら、演奏のイメージが練り上げられ、頭の中ではすっかり音が鳴り響いてる場合もあるでしょう。

そうした時を経ながら、さてそれではこの曲に取り組みましょうと楽譜を手に取って、譜読みと言われる作業を始めます。

が、そこで又もうひとつ段階が。曲によっては楽譜を開くまでにも相当な時間を見なければならなかったりします。楽譜屋さんですぐに手に入れられる曲ならば話は簡単です。けれど、手に入れにくい楽譜を注文し、時に外国から取り寄せては航空便や船便で送ってもらい・・・という手順を踏んでやっとこさ手に入れるまでの時間が短くても数週間。
或いは時にあまり世に知られていない珍しい曲ともなると探し続けてはや何年・・ということも。今のこの時代、インターネットを最大限活用し、想い焦がれる楽譜を求めて世界中に捜査網(?)を張り巡らし、20年来の「初恋のお相手」に巡り合えたなんてことも・・。

楽譜屋さんで手にとって見ることの出来る場合も、校訂による違いというのも考慮しなければなりません。ひとつの曲に対しても何種類かの出版社から出ている場合があります。そういう場合、版の違い、校訂の違いを考えると、同じ曲に対してこの楽譜、あの楽譜と見比べる時間も欲しくなります。ショパンのワルツを弾きましょう・・さて何版を使う?パデレフスキー版、クロイツァー版、コルトー版・・・・同じ曲でも指使いや表情の指示の違い、音そのものの違いがある場合も。ショパンに関してはまだまだ楽譜の種類はありますが、そういう楽譜選びのこだわりの時間も又必要であったりします。

しかしながら、こうして書いてみると、さて練習をと鍵盤の前にたどり着く話までにもう既に千夜一夜物語となってしまいそうです。随分と時間がかかってしまいます。まして出来上がった演奏をさらに「寝かせる」までには程遠く。美味しいピアノの演奏が出来るまでは美味しいお酒が出来るまでに負けず劣らずの行程を踏んでいくものです。
「寝かせる」までにはさてもうしばし・・。

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